みをつくし料理帖第二回に出てくる、「とろとろ茶碗蒸し」
すごくおいしそう。
小さじですくってちゅるんといただく。
なんておいしそうなんだろう。
茶碗蒸しを「作って食べたくなる」回
澪が時間をかけて作りあげた「とろとろ茶碗蒸し」は、
出汁(だし)が決め手。
昆布と手削りのかつお節をたくさん使って、
納得がゆくまで何度も何度も試行錯誤します。
いつもの下がり眉をクイッとあげて、
鬼のような厳しさで、納得の出汁を作り上げるのです。
そんなに昆布やかつお節を使って大丈夫なのかいと心配になるほど。
こんなに時間と心を尽くしてできた茶椀蒸しなら食べてみたいな。
私が作る茶碗蒸しは、文明の利器を使いまくったズボラの茶碗蒸しなので。
もし「みをつくし料理帖」の世界で、茶碗蒸しを食べられるならば・・・
いつか時代劇のエキストラやってみたいのだけど、
もし「みをつくし料理帖」の世界に入れるならば、
私はどんなふうにこの茶碗蒸しをつる屋に食べにいくのだろう。
何を思って、どんな人と。
見た目の素朴な美しさに感動するだろう。
そして食べれば、幸せになる。
考えただけで、ゆり根と銀杏のホクホクが口のなかにひろがって、
ゆずの香りがしてきそう。
これはぱくたそで見つけた「平湯温泉 栄太郎」さんの茶碗蒸し。
もしお持ち帰りがあるならば、
きっと買って帰ります。
第三回に出てきた竹の器に入ったのがかわいい。
そして、あの時代にあったのかわからないけど、
レシピ本なんて発売されたら買ってしまう。
でも、作らないなあ〜、絶対。
澪ちゃんの努力があってこそのあの茶碗蒸しだからである。
いくら上手に説明が書いてあって、同じ味になったって、
澪ちゃんがとった出汁、
澪ちゃんが愛おしそうに心を込めて作った茶碗蒸しじゃないと意味がない。
つまり料理は食材じゃなくて、
誰が作ったか大事なのだとエキストラに思いを馳せて分かったのだった。
澪ちゃんがとろとろ茶碗蒸しに込めたのと同じぐらいの
熱量の努力の末じゃないと、私が作ったって意味がないと思う。
第三回で、お寮さんが登龍楼に「猿まね!」と殴り込んだ気持ちに少し似ている。
あぁ、日々のごはんも自分なりの心を込めて、
一品いっぴん作っていきたいな。
私はズボラだけど、作り方も簡単なものばかりだけど、
自分のために、家族のために、食べてもらえる人のために、
心を込めて作りたい。